2014年8月3日日曜日

マーク=アンソニー・ターネジ「This silence」

マーク=アンソニー・ターネジ(Mark-Anthony Turnage)の室内楽作品集「This Silence」を聴いている。

最近、出会った中で、最も素晴らしいアルバムのひとつだ。現代作曲家のCDにありがちな、近作や代表作をただ寄せ集めただけの作品集ではなく、一枚のアルバムとしての完成度がすこぶる高い。

洗練されたジャズのアルバムを聴くのと同じように、考え抜かれた選曲と、美しい演奏(ナッシュ・アンサンブルによる)、そしてまるで自分の隣で演奏をしてくれているような親密なトーンの録音によって、一枚の中に、あるひとつの完成された世界が表現されている。

そこには、一枚のアルバムを通じて、ひとつの「作品」を作り上げようという(もしかしたら、もはや古くさいのかもしれないけれど)作曲者や演奏者、制作者たちの信念とこだわりが感じられるし、何よりも、これをかけている間、ひとりの作曲家の、最も個人的な内面の世界に触れるような、かけがえのない時間を過ごすことが出来る。

ジャズを喩えに出したが、ターネジの音楽を語る上で、実際、ジャズは無視することはできない。彼の音楽には、初期から最新作に至るまで、一貫してジャズの影響が流れている。

正直に言うと、つい最近までターネジという作曲家について、大きな誤解をしていた。タネジと言えば、《3人の絶叫する教皇》(フランシス・ベーコンの「ベラスケス作〈教皇インノケンティウス十世〉による習作」から着想を得た)のような表現主義風のタッチのオーケストラ曲だったり、ジャズやロックの要素を取り入れた、躁気味の派手で落ち着かない感じのものだったり。実際、これまでに録音等で聴くことができた彼の作品には、そういうタイプのものが多いし、数年前、ビヨンセの《Single Ladies》をもとにしたオーケストラ曲(《Hammered Out》)を発表したときには、さすがに悪ノリが過ぎるのではなどとも思った。

そういうわけで、僕はターネジの音楽に対して、ある種の「偏見」を抱いていた。が、このアルバムを聴いて、そうした偏見はすっかり払拭された。

ターネジの音楽は、様々な意味で、現代のロンドンの風景そのものを映し出しているような音楽だと思う。伝統文化と現代的な都市生活、ハイブラウなものとポップなものが共存し、多種多様な人びとが行き交う。このアルバムに収められた作品が全体的に夜の雰囲気をたたえているのは、タネジの音楽全般に共通する特徴だが、それはナイトクラブの喧噪の中にあるというよりも、誰もいない都会の静寂に近い。その静けさの中に、私たちは彼自身の親密な、内奥の声を聴く。

収録曲は、以下の通り。

This silence for Octet (1992-3)
True life stories for solo piano (1995-9)
Slide stride for piano and string quartet (2002)
Two Baudelaire songs for soprano and seven instruments (2004)
Eulogy for viola and eight instruments (2003)
Two vocalises for cello and piano (2002)
Cantilena for oboe and string quartet (2001)

The Nash Ensemble
Sally Matthews, soprano
Catalogue No: ONYX4005

ピアニストの人には、このアルバムに収められた《True Life Stories》を聴いてほしいし、ぜひ演奏してみてほしい。彼の家族や個人的な友人たちに捧げられた小品集で、終曲は作曲した年に死去した武満徹へのオマージュとなっている。

声楽家の方は、ぜひ《2つのボードレールの歌》を演奏してください。僕は現代作曲家の書いた歌曲でこれほど抒情的で美しい曲に未だかつて出会ったことはありません。弦楽器の人は、《2つのヴォカリーズ》(チェロとピアノ)を。

でも、個人的に一番いいなと思うのは、アルバムのタイトルにもなっている室内楽曲《この沈黙》(八重奏)。特に、第2楽章の〈哀歌〉。

とにかく、ターネジの音楽をライヴで聴くチャンスというのは、日本で暮らしている限り、絶望的に少ない。生で聴きたければ、ロンドンに行くか、それともどこかで自分で企画するか・・・。どなたか興味のある方、いませんか???


http://www.onyxclassics.com/cddetail.php?CatalogueNumber=ONYX4005

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